レース敗退にもめげず…
ダリのレースは初戦敗退(というか途中放棄)に終わった。初レースの興奮と期待と落胆を一気に味わった私は(ダリはマズルから解放されてゴキゲンだが)、気晴らしに、グラウンドの青々とした草地をダリと散歩してみた。
すると、ややっ、レースのコース脇に20Bほどの低いハードルが設置されているではないか! レースでの不完全燃焼の悔しさ(私の悔しさである。くどいようだがダリはゴキゲン)まぎれもあって、アジリティごっこをしてみた。
ロングリードを付けたダリに私が伴走すれば、この程度の高さなら軽々飛び越えられるはず…と思ったのだが、そうはいかない。ダリってば、ハードルを見事に迂回して走るのだ。で、今度はリードを短く持って、コースを外れないよう誘導しながら走ってみると、軽い足取りでヒョイッとクリア。自分の体高の何倍もの高さを助走なしでジャンプできるジャックなら、当然といえば当然だ。さらに、今度はハードルの少し手前で「マテ」をかけ、反対側から「オイデ!」と呼ぶと、あ〜ら不思議(でもないか)、またもヒョイッと跳んで、駆けてくる。
そうだ。ダリはイエス/ノー(主にノーだが)を恐ろしくはっきり表明するが、ジャックにしては闘争心が激しいとはいえない。そもそも、しつけ教室での指導の元、できるだけ闘争心をあおらないような教育をしてきたのだ。
「…とすると、もしかしたら、ダリにはアジリティの方が向いているかもしれないぞ」。ダリの何倍も息が上がってしまった私の脳裏を、淡い野望がかすめた。
「みんなの前で、ヒョイヒョイとハードルを跳び越え、スロープを上り、トンネルをくぐるダリ。優勝とまではいかなくても、途中で逃走するライバルを尻目に完走できれば、さぞや誇らしいだろうなぁ…」っと、飼い主の方が闘争心をあおられてどうする。
そう、妄想に浸っている場合ではい。グラウンド脇の木立の中で、いよいよもうひとつのメインイベント、GTG(穴もぐり競争)が始まるのだ!
猟犬たちよ、いざもぐれ!
曇り空の下、うっそうとした木立の中は昼なお薄暗く、地面はぐちゃぐちゃ。その中の小さな空き地に、キツネ穴を模したトンネルが掘られ、その奥深くに、おとりとしてネズミの屍骸が置かれている。これは、犬がトンネルに入り、おとりにたどりついて、吠えたり唸ったり引っ掻いたりするまでの、タイムを競う競技。キツネを追って巣穴の奥深くまでもぐり込み、釘付けにしたり穴から追い出すという、ジャックの猟能に根ざした競技なのである。みごと課題をクリアすれば、GTG認定証がもらえるというから、(飼い主の)テリア心もくすぐられる。
トンネル自体は草をかぶせてカモフラージュされているので、小さな入り口が見えるだけ。出口には、出てきた犬を捕まえる係の人々やカメラマンが待機している。このトンネルの周囲を、出場犬とその飼い主、さらには見物の犬と人が取り囲み、まるで古代宗教の秘密儀式か、魔女の集会のような雰囲気だ。
次々とエントリーナンバーが呼ばれ、飼い主は入り口の前で犬のリードを外し、穴にもぐるべく犬を誘導する。スタートから30秒以内に犬がもぐらなければ失格なのだ。が、いきなり真っ暗な、得体の知れない穴に入れといわれたって、いくら冒険心溢れるジャックでも、やっぱりお断りしたくなるものらしい。しかも、周囲の見物犬たちは、仲間たちが繰り広げるこの不思議な儀式に、ワオワオギャンギャンと大騒ぎ。ダリも私の足下で興奮して暴れ回り、出番を待つまでもなく、すっかり泥んこになってしまった。
ともかく、ほとんどの犬が、穴に押し込もうとする飼い主の手からピュルッと逃れ、中にははるか下のグラウンドまで大脱走を果たすものも。「こりゃあ、ダリにできなくても無理はない」と、いよいよダリの番が来た時も、まるで期待はしていなかった。
そして、いざ、ダリを連れて穴の前に進み、リードを外して穴に近付けると…。四肢をふんばって断固拒否。試みに、穴に向かって頭を押さえつけたとたん、案の定「ギャルルルル!」と大騒ぎの上、遁走。「ヤダヤダ! 絶対ヤダもんね!」。予想通り、いや予想以上にキッパリとお断りされてしまった。
まだタイムリミットの30秒には充分余裕があったのだが、こうなるともう何度試しても、いや試すほどに激しく嫌がるに決まっている。で、私は一度のトライで、スゴスゴと引き下がることにした。とにかく拒否の激しさだけは、たぶん参加犬中でもナンバーワンだったと思う。負け惜しみをいわせてもらえば。
ちなみに、負け惜しみついでにいえば、この競技に出場した40数頭のうち、トンネルに入っておとりに到達したのは、わずか8頭だった。ダリの父犬パイントくんは、そのうちの1頭としてみごとにクリアしたのだが、飼い主さんいわく「3度目の挑戦でやっと入ったのよ〜!」。うーん、やっぱり経験を重ねなくちゃ、いかにジャックといえど、その本能も目覚めないというわけか。
そう、経験を積んで、ダリがいつもの悪童ぶりを、競技でも発揮するようになれば、いつの日か認定証も夢じゃない…かもしれないぞ。日頃、そのモジャモジャ頭を撫でようと、しゃがみ込んだお嬢さんのスカートの中や紳士の股間にもぐり込んで、私を恥じ入らせているダリなのだ。家具の隙間から、ほこりだらけになって現れるダリなのだから。
「ところで、実家の庭には穴を掘れるスペースはあっただろうか…」。暴れまくるダリ(どろどろのモップと化した)を取り押さえ、すっかり泥まみれになりながら、私の脳裏には、
またぞろ妄想が…。
その後、全員参加の「待て競争」では、ダリにしては上出来の2分を記録。もちろん、決勝進出とはいかなかったが、思いのほかの好タイムに、ますます気を良くしたところで、最後のお楽しみ、くじびきでは、肉球柄のブランケットをゲット! もちろん、「みんなが何かもらえるように」との主催者側の配慮なのだが、これがやたらとうれしいのだ。くじびきでこれだけうれしいのだから、テント前に惨然と輝いていた、あの入賞リボンをもらえたら…。10倍うれしいだろう。いや、100倍誇らしいだろう。
さらなる野望と泥んこのジーンズ、そして、当初の目論見どおり初めての競技会に疲れてか、グースカ眠り込んでいるダリ入りキャリーケースと共に、私は帰途についたのだった。 |