Sat.31.12.05 鬼いも様

いまだ年賀状も書いてません。掃除どころか、片付けもちょっとしかしてません。
それも、一昨日から帰って来ている妹にハッパをかけられて、ようやくゴミ袋1コ分の書類を捨てることにしただけ。

それにひきかえ妹は、ごちゃごちゃだった階段まわりをテキパキ片付け、合間に母の手伝いをし、そして私にビシビシと指導してくださる…。
なるほど、某巨大IT企業のキャリアウーマンとして日々活躍している彼女は、このようにして部下を動かしているのかと感心…している場合じゃなくて、もっど片付げなぐでわ(泣)。

実家で暮らすようになって以来、母のボケ防止のため、老人性ではなく天然性でボケ気味の母に、しばしばツッコミを入れることで、「鬼嫁」役を買って出ている私ですが(ときおり鬼母から逆襲をされつつ)、鬼妹…オニイモ様にはかないません。いや、足元にもおよびませぬ。

たとえば、トロトロと床に散乱した書類を仕分けしている私の部屋に視察に来て、そつなく励ました後で…。

オニイモ「あと、服もだいぶ捨てられるでしょ?」
私「うぅ…」
オニイモ「あんなにとっておいても身体はひとつしかないんだから、ね。」
私「うぅ…ごもっとも」
オニイモ「それも、おしゃれで持ってるならともかく。身体はひとつなのに、ボロばかり溜め込んでもしょうがないじゃない?」(諭すようなやさしい口調で)
私「うぅぅぅぅ…ボロ…………」

なんかね、すごい説得力なんですよ。

あ、年内に書き終わる予定だったのに、年が明けちゃった。
ともかくにも、今年も1年、このグータラ日記を読んでくださったあなた、ほんとうにありがとうございました。
どうぞ良いお年を!

Fri.30.12.05 わが家の家直し5〜第一幕クライマックス

いやはや、疲れました。
夕方から夕食を挟んでずっと冷蔵庫の掃除してました。
私が一人暮らし時代に使っていた小さなもので、これまで置き場所がなかったので、コンセントを抜いて父の枕元に置いてあったんです。
これを、新しくなったキッチンに予備の冷蔵庫として設置したんですがね。
たまたま私の不在時にO建設のみなさまに運んでもらい、さっそく使おうと母が開けてみたら…。
牛乳が入っていた!?
どうやら一昨年の2月、私がこの実家に越して来た時から入っていたもののようで…。
つまり2年以上、常温で放置されていたわけです。
私が帰った時はすでに処分されていたんですが、もはや発酵だの熟成だのという段階ではなく、両親によれば、それはそれは筆舌に尽くしがたいものすごい状態だったそうです。

恐る恐る庫内をのぞくと、ソレがあった場所には、発ガン性たっぷりといわれ、見るからに気持ちの悪いことこの上ない黒カビがびっしり!

で、ようやく仕事もほぼ片付いた今、私が責任を持ってその後始末に取り組んだというわけです。
私の秘密兵器と言えるエコ洗剤2種…オレンジX(10倍液と原液)、クイックブライト、さらに常用品の重曹に酸素系漂白剤の計4種を総動員して、なんとかかんとか食品を入れようという気持ちになる程度には浄化しましたが、うっすらと怪しいシミが残ってます。
身から出たカビとはいえ、疲れますた。


さて、改修工事ですが、第一段階である1Fトイレ&洗面浴室&キッチンは、なんとか年内に終了。
しかし、当初28日だった完成予定が28日の段階で昨日の午前中に伸び、さらに昨日の昼には午後3時までかかることが判明し、結局、N山さんとFさん、大工さん2人が帰ることができたのは4時。
当初の〆切り日をとうに過ぎ、デッドラインである校了日を睨みつつ、「あと少し、あと少し」とテンパり続けながら永遠に届かないかと思われるゴールに向かうその状態を私ほどよく知っている人間も少ないはずなので、1日や2日の遅れなどとやかく言おうとはみじんも思わない。それどころか、ほんとうに、ほんとうに、お疲れ様でしたと言いたい。いや、それ以上に、70代の人にそこまで働かせて良いものだろうかと…。
 

12月23日〜27日
残っている部分…1Fトイレと洗面脱衣室、それらとリビングを結ぶホールの作業が続く。
大工のN山さんとFさんは、このままでは終わらないと見たのか、この頃になると朝7時半くらいから来て、6時過ぎまで作業していた。
さらに現場監督のN島さんも、ほぼ終日現場に張り付き自ら作業に加わっていた。
しつこいようだが、体調は大丈夫だろうか?

12月28日(水)クライマックス!
この日は、まさにクライマックス。朝から大工さん2人とN島さんのレギュラー陣に加え、水道屋さん、電気屋さん、そして建具屋さんが続々と登場だ。
さらにコジマからの洗濯機の配送、同じくコジマで買ったエアコンの取り付け屋さんまで。

システムキッチンの搬入以来、職人さんたちの通り道を広く開けるため、リビングダイニングのソファとテーブルを部屋の端に寄せてあったのだが、このレイアウトで食卓の私の席に座り、ぼんやり遅い朝食を食べていると、目の前をいろいろな人たちが現れてはキッチンや洗面所に消えてゆく。みんなテンパっているので、私の存在なんか気にもとめず、それぞれ丁々発止のやりとりをしていくのだ。
それはさながら舞台の一幕のようでもあり、私は密かに「現場だョ、全員集合!」と銘打って、最前列でしばし観覧させてもらった。

(上手奥〈キッチン〉からの声。後から届いたビルトインの浄水器をキッチンに取り付けるようN島さんから言われて)
水道屋さん「えー!? こりゃキッチン屋の仕事だよぅ…ブツブツ」
N島さん「いいから、監督の言うことをきけよぅ!」

(建て具屋さん、上手より登場。狭い現場にひしめいている人数の多さに驚いて)
建て具屋さん「こりゃあ仕事できる状態じゃないよ」
N島さん「スカイ●ークのことを思い出してよ」
建て具屋さん「スカイ●ークか。あ゛ー、あの時も大変だった」
(再び上手より、建て具屋さんがトイレの引き戸を抱えて登場。ゴンっとリビングの天井にぶつける)
N島さん「あ゛ー、ほら、急ぐなよ。ゆっくり運べよぅ」
建て具屋さん「お舅さんみたいだな」(ブツクサ言いつつ下手へ消える)

(上手奥〈洗面所〉からの声)
N島さん「××××××して」
Fさん「ん、うんー」
N島さん「ちゃんと返事しろよー」
Fさん「うー、うんー」

エアコンの取り付け屋さんをのぞけば、全員がO建設の昔なじみ。しかも、職人さんたちのほとんどはN島さん(団塊世代だと判明)より年上なので、現場監督と言っても口うるさい息子を相手にするようなノリで受け流している。それがまた今やO建設を背負って立っている立場のN島さんにはくやしいらしく、信州なまりでガミガミ指示をとばすという具合。そのやりとりを端で聞いているとなんだかほのぼのしていて、思わず笑ってしまうのだ。
正直、私は好きですね、こういう現場。
腕の良いベテランの職人たちが、おのおの勝手なことを言いながら、それぞれの持ち場で腕を発揮しつつ、それがひとつの完成に向かって修練されてゆく。なんだかワクワクするじゃありませんか。
雑誌づくりにも昔はこんな瞬間があったんだけどね。


その後の画像です。もっと撮っておけば良かった・・。

12月13日頃(キッチン)
とりあえずシステムキッチンを設置できる状態になった。

12月14日(トイレ)
先に始めた洗面浴室・トイレ部分は土台ごと作り直したため、まだこの状態。かがんでいるのは現場監督のN島さん。キビしくチェック中!

12月14日
システムキッチンの入った当日のリビング。ど真ん中に冷蔵庫、写真右側に洗面浴室とキッチンにあったものが押し込められている。私たち家族もこの日がいちばん大変だった。
Tue.27.12.05 年賀状

今日はピーカンに晴れているのに身も凍るばかりの風が吹き付けて、一段と寒い1日でした。
一昨年この実家に戻って、二十年ぶりくらいに冬の寒さを実感してますが、今年はまた格別ですな。
←写真は先週、似たような天気の日に撮ったものです。ダリも寒いらしく、こういう日の散歩は足取りが重かったりするんだけど、それって犬としてどうなんだろう…。

本日は朝から健康診断。
といっても歩いて3分ほどの診療所なので、起きてすぐ出かければ、お目覚めのミルクティーを飲めないことも、尿検査のためにトイレをガマンするのもさほど苦ではなかった。いや、なかったはずなんが…。
区から送られて来た受診票を忘れた…というより、送られて来たこと自体に気づいていなかった。
なんとか尿検査だけでも先に受け付けてもらえないもんかと、「トイレもガマンしてきたのにぃ」とプチごねてみたものの受け入れられず、仕方なく帰宅。
受診票を掘り出し、「えーい、もうかまうんかぃ」とトイレに行ってミルクティーを飲んで出直した。

一通りの検査を終え帰る途中にTさんから電話。T夫妻と一緒に発注していた年賀状の印刷が出来上がっていて、すでに彼が受け取っており、西荻までもって来てくれると。「じゃあランチでも」と待ち合わせ、ひっさびさにタイ料理!!
ココ→泰黒堂
豆腐のスープも焼そばもうまかったです。ゴチですTさん(データ作成代がわりにおごってもらった)。来年も何とぞ、な〜に〜と〜ぞ、よろしくお願いします。

ちなみに、じつはここ、最初に発見した時はシュエダゴンという店だった。しかし、ウマイウマイと通ううちにシュエダゴンは発見後1年ほどで吉祥寺へ移転。いつの間にか同じタイ料理の別の店タイカントリーになっていた。で、ここもまたなかなか美味で、これまたウマイウマイと喜んでいたのだが、こちらもわずか1年ほどで新宿に移転してしまった。
で、もはや名前を覚えるのもめんどうになっていたので、今あるのが「泰黒堂」という名前ということも今、検索してわかった次第なのだ。
ま、地元民としては、とにかく「この場所にうまいタイ料理屋がある」ってことさえ覚えておけばイイってことだな。


ところで私は夕べから、父の年賀状を作っている。いつも頼んでいる近所の印刷店に行ったら「もう締め切った」と断られたらしい。
実はここ1〜2週間ほど、父が自分で撮ったダリの写真(当然フィルム&プリント)を眺めてはあれこれ迷っていたのは知っていた。せっかくの戌年なのでダリの写真を使いたかったらしいのだ。しかし、この種の用事を親切のつもりで引き受けると、「ココはあと2ミリ上に」とか「この字はもっと太くならないのか」とか、注文が細かい細かい! あげくに「まだなのか」と来る。腹が立つこと必至だし、そもそも私にはそんな余裕はなかったので、見て見ぬ振りをするつもりだったのだ。
しかし、行きつけの印刷店に断られて途方にくれている父を見過ごすわけにも行かず、せっかくカラリオPM−A890もあることだし、と、とうとう手を差し伸べてしまった。

昨日の夜半、父が長年気に入っている「もはや絶滅した活字書体」をスキャンして貼り付け、ようやく見本ができた。本当はアウトラインをとってシャープに整えようと何時間も苦闘していたのだが、挫折…ってか、父が「どうなったか」とせかすのでアウトライン化は断念してスキャン画像として処理したのだ。

すでに寝床に入っていた父に見せると珍しく一発OKが出たので、今日、健康診断の帰りにインクジェット用の年賀はがきを買って来た。

で、今、この雑記を書いていると、父が「年賀はがきは買って来てくれたのか?」と聞く。「うん、これから印刷するけど…」と答えると、「なんだ、まだ印刷していないのか」と来た。

あ゛の゛ーーーーーーー!!!!
私は召し使いじゃないんですけ怒!

ってか、この後は母の分も作らなきゃならないし(しかも2種類希望だそうだ)。
せっかく印刷は仕上がったものの、自分の年賀状書きは新年になりそうです。いや、そもそも書けるかどうか…。

Mon.26.12.05 浴室完成!

書くことはいろいろあったはずなのに、しかもついこの半月ほどのことなのに、なかなか思い出せないというのはいかがなものか。

12月14日
朝8時半からシステムキッチンが持ち込まれ、リビングダイニングが運搬通路および開封場所に。居場所がなくなったので両親とダリは父の書斎に立てこもる。私は2階で仕事。
この頃から、N島さんもN山さんも、もうひとりの大工Fさんも、他の現場を終えてわが家にかかりきりになってくれている。
システムキッチンの組み立ては、専門の業者さんが来て作業。その間にN山さんたちは洗面浴室部分に専念。
朝8時くらいから6時過ぎまで、毎日ほんとうによく働いてくださる。「やる気が起きない」とかボヤきながらグータラしている自分が申し訳ないっす。

12月15日
夜にはついにッチンが使えるようになった! シミひとつないピカピカのキッチンに一同感激。お湯も出るぞ!
その後も、キッチンの壁にデコラを貼ったり、棚を作ったり、ひたすら作業が続く。土曜日も返上して来てくれるO建設のみなさまに感謝感謝。

12月20日
ダリと母と赤坂動物病院しつけ教室のクリスマス会に出席。その悲惨な模様はいずれ…。

12月21日
私の仕事も佳境というかプチ修羅場に。
しかしこの夜、前日到着したイラスト原稿を送信しようとスキャナを立ち上げると「寿命がどうたらカンタラ」というダイアログが…。1年以上も前から危ないなとは思いつつ、だましだまし使って来たNikonのフラットベッドスキャナが御臨終した。『DOG TALES』制作時から10年近く、よく働いてくれたもんだ。合掌…とか言ってる場合ではなく、スキャンどーするよ!?
しばし、頭が真っ白になったのだが、なぜかこういう時、妙案がひらめいたりする私。デジカメで撮影して送信したのだ! 我ながらよく思いついたと思う。これぞ危機監理ってやつよね。

12月22日
ユニットバス搬入。

父と善福寺のコジマへ、新しい洗面脱衣場に置く洗濯機&古すぎてクリーニングすると壊れるかもと宣告されたエアコンを買いに行く。
私はこの機にスキャナ機能の付いたインクジェット複合機、カラリオPM−A890を購入。28,000円ナリ。安っ!Niconのスキャンタッチは6万円以上したのに。

そして…この夜、ついに浴室完成! 2番目に小さいサイズのユニットバスだけど、狭苦しい感じはナシ。追い焚きができて、しかも浴室暖房付きだなんて、これまでのわが家の風呂場に比べたら、バチが当たりそうな贅沢さなのだ!
さっそく家族順番にお風呂に入れる幸せを満喫した。
 

その後も作業は続き今に至っているんですが、とりあえず今日はこのへんで。
写真も付ける予定でしたが、これも明日!

明日は健康診断なので早起きしなくちゃイカンのです。骨密度検査が楽しみだにゃ〜。

Sat.24.12.05 メリークリスマス

キッチンと浴室は完成。お湯のある生活の有り難みを実感する日々です。詳しくは後日。


去年に続いて今年も、クリスマスに悲しいニュースを知った。正確にはもはやニュースではないんだけれど。
本日、ようやく年内入稿分の仕事をすべてやり終え、所用のためネットでちょっと調べものをした。そうしたら、拙著『DOG TALES2』で訪ねたディンゴ・ファームのブルース・ジェイコブスが、1年以上前に亡くなっていたことがわかったのだ。
写真は『DOG TALES2』35頁より。1997年のもの。
彼は山の中のこの家でひとり、ディンゴたちと暮らしていた。かつては結婚していたが離婚したとも言っていた。ブルースが腕に抱いているのは、「いつでもそばにいる僕の秘書なんだ」と、彼が特別気に入っていたメス。この家の外には広大な敷地が広がり、家の中を含めたすべてがディンゴたちのサンクチュアリだった。

この家で死んでいるのを発見された時、ブルースの傍らには、彼のお気に入りの1匹…たぶんあの秘書犬だろう…が身体を丸めて寄り添っていたという。
亡くなった時、ブルースは破産状態で、今、ディンゴ・ファームは、彼の愛したディンゴたちもろとも破産管財人の管理下にあるという。

寂しくて悲しくて、けれどどこか美しい、この1年遅れの悲報に、南半球でのもうひとつの死を思い出したので、1年ぶりに書き進めました──The End of a Regend

メリークリスマス。天国のブルースにも、虹の橋のモーリーにも、そして愛しいミロにも。

Tue.13.12.05 わが家の家直し4〜佳境第一波

さぶいでずね。
私の部屋のエアコンの外気温お知らせ機能によると、ただ今マイナス3度だそうです。

仕事もその他のすべきこともいろいろあるんですが、いかんせん洗面・浴室・キッチンのない生活なので、生活するだけで四苦八苦です。


さてさて、わが家の改装工事は、その後も着々と進んでいます。もはや記憶もおぼろげですが(おかげでゴチャゴチャ書かずに先に進めます)、一応、着工以降のできごとなど。
 

11月29日(火)

朝から、堅牢すぎる骨組み&土台とN山さんたちが格闘しているらしい。時折「だめだコリャ〜」という絶望の声が現場から漏れ聞こえてくる。
翌日は1階トイレに使っていた便器を2階の古いものと取り替える作業がある旨、N島さんが説明、というか宣告。「明日は1日トイレが使えませんから」とのお達し。
そこで、翌日は両親ともども〈ユトリアム〉で過ごすことに。6〜7月の修羅場で夢想していた地元のスーパー銭湯〈ユトリアム〉に、いよいよ潜入のチャンスである。私は、さっそく仕事の帰りに立ち寄ってパンフレットを持ち帰り、兼ねてから憧れだったタイ式マッサージも受けてやるぞと目論む。

11月30日(水)
一家でトイレ難民となる。3人うち揃って〈ユトリアム〉作戦決行である。午前11時のオープンとほぼ同時に入館。母も私もそれぞれに本をたずさえ、夕方まで粘る構えだ。
まずそれぞれに一風呂。ジャグジー付きのメイン浴槽に半身浴のできる気泡風呂、日替わりのハーブ風呂、うたせ湯と、風呂なし生活の身には、どれも気持ちいいことこの上ない。こりゃ、病みつきになりそうだ。

館内の食堂でランチをとって、ひと休みしたらもう予約時間。父はタイ古式マッサージ、母はフットリフレクソロジーとハーブボールトリートメント、そして私はオイルトリートメントにチャレンジ。私は、普通のマッサージすら受けたことがなかったので、人生初体験だ。
感想はというと…小学生の頃から肩凝りに悩み、ここ10年ほどは常に背中が凝っている私だから、気持ちよくないはずがない。最短コースの40分でも6,000円という人生で2番目に贅沢なこのひととき。眠ってなるものか!!の意気込みだったが、途中意識が途絶えたことが悔やまれる。
その後、休憩室に集結し、それぞれ一眠りして、また一風呂浴びたら、もう夕方になっていた。
帰宅して、使えるようになった2階トイレに座り、トイレを使えるありがたさを実感。

この日あたりから、給湯が全面ストップ。食器洗いなどは、大鍋に沸かした湯を使うが、慣れなていないので手順が狂い時間を食う。
洗面や歯磨きなどは、台所で済ませる。

12月1日(木)〜5日(月)作業中断
誰も来ない。あまりに壊しにくいため見捨てられたかと思ったが、実はN島さんもN山さんも他の現場で忙しいらしい。どうやらO建設の皆様は、昔なじみのわが家のために、先行していた仕事の合間を縫ってうちに来てくれていたのだ。文句は言えない。

12月6日(火)作業再開
「8日からお台所を始めますから」。朝、リビングに現れたN島さんに宣告を受ける。
っつーことは、鍋釜から醤油から、今あるものすべてを運び出さなければ!…ってどこに?

12月7日(水)キッチン片付け
実は、もう1年以上も改修を待ちわびていた母は、この春頃から少しずつ台所の整理を始めていたので、棚の半分近くは空になっていた。が、それでも日常使うものなど未整理のものは山ほどある。母とふたりがかりで段ボールに詰め、その間、父は自分の書斎を片付けて、荷物置き場を作る。

いきなり困るのが朝昼晩の食事だが、鍋もの用のホットプレートと電子レンジをサイドボードに設置して、なんとかしのぐ計画だ。ちなみに、このサイドボードの下には、ダリのトイレがある。
冷蔵庫はリビングの真ん中に置かれる予定。

この間も、洗面・浴室部分の取り壊しは、うめき声と共に進んでいる模様。

12月8日(木)キッチン解体
朝からさっそく取り壊し開始。40年近く使い込んで来た台所との別れに、一抹の寂しさもあるだろうと母に問うと、「あんまり古過ぎて何にも感じない」とのこと。私も右に同じ。
キッチン部分は土台や骨組みをいじらないので、作業も早そうだ。

12月9日(金)〜12日(月)
歯磨きや洗顔は、古い魔法瓶にお湯を入れておき2階トイレで。
2階に仕事場と寝床のある私はいいのだが、日頃から夜中に何度かトイレに行く両親には、日に何度も階段を昇り降りするのがしんどそうだ。足の運動になるともいえるのだが。せめて手を洗うのにいちいち2階まで上がらずに済むよう、母がウェットティッシュを購入。

飲食は、紙皿、紙コップを買い揃え、できるだけ使い捨てする予定だったが、やはり洗い物は出る。ホットプレートで大鍋に湯を沸かし、庭の水道で洗うが、ここ数日の寒さがこたえる。とくに夜間は暗く、足場も悪いので能率悪し。
朝はいつも通りフルーツとパンを母が用意。昼はカップラーメン、夜は店屋物や京樽のすしなどでしのぐ。この間、私は2日、父は1日外食。

キッチンの工事は、これまでとは一転してサクサク…いやバリバリガンガン、ウィ〜ンと進んでいる。ダリは着工2日目で作業音には慣れてきたが、あまり激しい音がする時は、母のひざに自主避難したり、別宅(ドライブ&飛行用クレート)に入りたがる。

12日夜、数日ぶりにキッチンをのぞいてみると、床は張り終わり養生されている状態。壁も天井も真新しい合板ボードが張られていて、すっかり部屋らしくなっていた。懐中電灯で四方を照らして見ると、その光を大喜びで追いかけるダリ。ピカピカのつもりらしい。

12月13日(火)
午前中、2階トイレに床材(ビニールシート)を張る工事でトイレが一時使用中止に。

兼ねてからN島さんに通告されていたのだが、明日はいよいよシステムキッチンが届く。
リビングに置くことになるので、とても生活できる状態ではなくなるらしい。両親は〈ユトリアム〉で過ごそうかと相談。私は仕事があるので、2階にこもるしかあるまい。


↓その後の作業の様子。

11月30日(浴室周辺跡)
だいぶ壊せた! それにしても
すごいガレキの量。右の壁は、
キッチンの北側にあたる。

11月30日(ガレージ)
ガレージは廃材置き場に。
今現在は、資材置き場兼、
作業スペースになっている。
奥に見えるのはN山さん。
70代とは思えない身のこ
なしだ。カッコイイ!

12月8日(浴室周辺)
基礎のセメントが入った!
しかし、まだまだ入浴まで
の道は遠い…。

12月8日(キッチン)
朝イチで取り壊しが始まった。

12月8日(キッチン)
取り壊す寸前にあわてて撮影。
現役当時の写真も撮っておくべき
だった、と後悔。

12月12日
ダイニングからキッチン(右手)
と元浴室へのドア(左手)を見た
ところ。このドアを通って外から
直接出入りして作業が進んだのだ
が、高齢の両親が寒くないように
とビニールで仕切ってくれたのは、
N山さん。ありがたや。
Tue.06.12.05 わが家の家直し3

どうにも寒くていけません。
2日続けて更新したりして、私にしては張り切り過ぎたので、昨日はお休みしました。

本日は、こんな寒さの中、Tさんが毎年恒例の年賀状共同制作に来てくれたのですが、私が修理すべきスキャナを1年間放置していたので、何の作業もできず、Tさんにはダリを狂喜させに来ただけの1日になってしまいました。申し訳ございません。


さて、わが家の改装工事ですが、こんな調子だと永遠にリアルタイムに追いつかないので、とっとと先に進みましょう(短期記憶がどんどん失われて行くし)。
 

11月28日(着工!)

何もない日は昼近くまで爆睡することもある私が、この日は目覚ましナシで8時過ぎには起床。
いやもう、いきなり大騒動なわけだ。ドンガラバキバキバリバリバリ…っと。でもってダリがギャワワワワンワン!っと。

ところで、着工に先立ち、この朝か前日の朝(早くも記憶が曖昧)、O建設のN島さんと棟梁のN山さんが揃ってわが家のダイニングテーブルに付き、父母と私の3人に、工事の予定と電気や水道が止まったり、お湯が出なくなったり、トイレが使えなくなるタイミングなどを説明してくれた。
それ自体は、まぁ、ごく常識的なことなのだが、このお2人に揃ってお目にかかるのは、私にとってちょっとした感慨があるのだ。

とにかくO建設は、私が覚えている限り昔から、父が設計したほとんどの住宅(たぶんビルやマンションも)を手掛けてきた昔なじみ。とりわけN島さん(たぶん現場監督とか主任の立場だと思う)は、わが家のちょっとした改装や修理にも、何かに付けて父が頼めばいつでも来てくれる、わが家のおなじみさんだ(双方にとって不幸なことに彼は犬が苦手らしい)。
そして、棟梁のN山さんといえば…! 40年近く前に、この家の2回目の増築を手掛けた大工さんなのだ(もしかしたら、それ以前…私が生まれる前の第1回増築にも参加していたかもしれない)!!

私は、今でも庭でカンナをかけるN山さんを覚えている。
正確に言えば、N山さんの見事なカンナさばきから繰り出される、かつお節そっくりの「鉋屑(かんなくず)」を覚えているのだが(実を言うと一度、こっそり食べてみたこともあったのだが、鉋屑以外の何ものでもない味だった)…。
当時のN山さんは、目がギョロっとして、真っ黒に日焼けして、痩せぎすだが鋼みたいな体型で、物腰は静かで、仕事熱心で…子供心にも、まさに「でぇく」はこうでなくっちゃ!という印象だった。例えて言うなら、元サッカー日本代表の井原選手みたいな雰囲気だ。
また、その20年ほど後に、私が実家から机を運び出すため自室のドアを外した際、その丁寧でカンペキな仕事ぶりを知ることにもなり、私は彼を、職人として密かに尊敬もしていた。

そんなN山さんが、再びわが家の改装に鉋を振るってくれるのだ!
なんと頼もしい! なんと素晴らしい!

しかし…30数年ぶりに見るN山さんは、半白髪に眼鏡の普通のおじさんになっていた。井原選手というより、政治評論家の森田実さんに似ている。聞けば、なんと亡くなった母の弟と同年…70過ぎだとか。世間一般ではおじいさんと呼ぶべき齢なのだ。

いや、それを言うなら、隣に座っているN島さんも、かなり白髪が増えている。それに、ずいぶん前からヘルニアを患っているという噂だし。

この家を知り尽くしているお2人が、今回の改装を手掛けてくれるということは、もちろんありがたいし、他の誰に頼むより安心だ。
が、失礼を承知で言わせてもらえば…だ、大丈夫だろうか?
いや、技術面ではなくて、その健康面で…。

だって、80歳の父を筆頭として、施主から現場まで、中高年勢ぞろいじゃあないすか!
ついでに言えば、設計者のT田さんも60過ぎだとか(めちゃくちゃ若く見えるけど)。

なぁんて、私の杞憂をよそに、ガンガンゴンゴン、ワンワンギャンギャンと、水まわりスペースの解体はにぎやかに始まったのではあるが…。

解体工事は初っ端から難航。

いや、誰かの腰痛が悪化したとか、血圧が上がったとかじゃなくて…。作業を始めてみたら、
予想よりはるかに頑丈に作ってあって、壊すのがものすごく大変なのだという。

今話題の姉歯物件とは、まさに正反対。
いわば、ヅラを外してみたら、その下にはボーボーの自毛が生い茂っていたというようなものだろう。

母の証言によると、N山さんは「こんなに大変だとは…」とぼやきつつ、「でも、自分で作ったんだから仕方ないな」とひとりごち、作業に戻ったとか。
やっぱりN山さんが来てくれて良かったと思う。いろんな意味で。



↓着工日の様子。

 

工解体作業スタート! 
手前の脚立に乗っているのが
N山さん。全然元気です。

現場にはちゃんとN山さんの
弟子と思しき若い人もいます。

奥の浴室にも着手。しかし、
早くも暗くなってきた。
Sat.04.12.05 わが家の家直し2

昨日の続きです。
11月25日に3日後の着工予告を受けてから、28日の工事開始まで、仕事の合間に私がしたことをかいつまんで書くと、こんな感じでした。
 

11月25日(着工3日前)

★入浴用部屋探し(ついでに洗濯と荷物置き場にも使用希望)
1.ネットでウィークリーまたはマンスリーマンション探し。その間、母が徒歩200メートル程の場所にできた新築のレオパレスを見に行く。
2.検索するものの無意味に重いリストなどにヒットしてはかどらず。同時にレオパレス物件の問い合わせをするも極近の物件は年内空室なしとの応答。ついでに1カ月の家賃約15万と聞いてブッ飛ぶ
3.さらに検索。湯冷めしない距離で、かつ洗濯機完備の物件を絞り込み、翌週から入居できる部屋があるかどうか電話で問い合わせ。やはりあまりに急なことで難航。

★駐車場
1.ダリの友達のジャックくんの家の先、わが家から徒歩1分ほどの更地が最近、駐車場になったことを母が思い出す。
2.件の場所へダリと見に行き、管理会社の電話番号をメモる(父も私もお世話になったことのあるK不動産店だった)。
3.電話をかけると1区画だけ空いているとのこと。「一度来てください」と言われる。

★荷物の移動
1.私が仕事中に、父と母とで洗面所のタンスを動かす。
 

11月26日(着工2日前)

★入浴用部屋探し&駐車場
1.ちょうど妹が来ていたこともあり、妹にもつきあってもらい母と車で駅前のH不動産店へ。私が駐車場所を探している間に母と妹が店に入ったが、聞くなり「その種の物件は扱ってません」と告げられあえなく挫折。
2.がっかりしつつもその足で、駐車場を管理しているK不動産店へ。しかし、誰もいない。店はやっているようだがカギがかかっている。
3.しかたなく帰って再びネット検索。
4.結局、レオパレスが経営する別の物件(普通のアパートでいささか遠いけど)しかないようなので、とりあえずネットで3週間の賃貸を申し込み
5.洗濯機完備を確認し、29日にカギを受け取りに行く段取りを付ける。しかし、敷金礼金ゼロとはいえ、1Kのアパートに3週間9万円強とは釈然としない。

★荷物の移動
1.洗面所のタオル類や洗剤のストックなどを母がまとめ始めるが、洗面道具や化粧品などは当日朝まで使うので放置。
 

11月27日(着工前日)

★入浴用部屋探し
1.レオパレス担当者に29日に来店する時間を連絡。
2.この日になって、突然母が「私が勇気を出しさえすれば、借りなくてもいいのよね。お風呂屋さん、行ってみようかしら」と言い出す。
3.レオパレスのHPでキャンセルについて調べる。と、「申し込み後は、入居前でも1週間あたり1万××円の返金になります」との文言が…!? あ゛? 確かレオパレスからの確認メールには「お申し込みありがとうございました」とあったぞ。ってことは…「ポチっとな」で、9万円のうち3万円しか返ってこない?
4.クラクラしながら担当者に電話。聞けば「いえ、(返金以前に)まだ代金をいただいていませんし、29日にお金をお持ちいただかなければ済むことですから」と。しかし、私はネットでクレジットカード払いを選択した旨告げると「それですと、もうお支払いいただいたことになるので、やはり返金は週1万××円になります。HPの方にもその旨載っているはずですが」と。ガーーーーン!!!!
5.「ええ、確かに書いてありました。ありましたが、(クリックしただけで6万円も取られるなんて)まさかそんなひどいことはないだろう…と思ったものですから」と粘ってみる(「クーリングオフ制度」「消費者センター」などの言葉を脳内で叫びつつ)。すると、同情してくれたらしい担当者くん「ちょっとお待ちください。調べてみます」と軟化。
6.間もなくコールバックがあり、「お客様の場合は、調べましたところまだ決済していないとのことですし、全額キャンセルということで大丈夫です」との返事が。はぁ〜〜…助かったぁ〜と、ひと安心。しかしネット申し込み&クレジットカード支払いでキャンセルという例は滅多にないらしく、「今回は特例のようなものでして…今後はこうしたことのないようにお気をつけくださいね」とクギを刺されちゃいました。

★駐車場
1.再びK不動産に電話するも誰も出ず。とりあえずお隣さんの来客用駐車スペースに置かせてもらうことに。

★荷物の移動
1.部屋のキャンセルと仕事が一段落してみると、なんとボイラー室(30年ほど前までボイラーがあった。現状では物置き)にモノがいっぱいある。洗面所や浴室に残ったモノも、とてもじゃないが翌朝、取り壊し前に運び出せる量とは思えない。
2.「でも、だいたい片付いてるわよ。『箱に入れておいてくれれば、私たちが運びますから』ってN島さんが言ってたし」と母は言うが、まだ箱に入っていない正体不明なモノがゴチャゴチャだ。だいたい、私の記憶では、N島さんのセリフは「空にしておいてくれれば、棚は私たちが運びますから」だったはずだし。
3.「あのさぁ、明日にはここ、無くなるんだよ!」と、プチ切れかける私に追い立てられて、母も焦り始め、2人でボイラー室の片づけにかかる。
4.出るわ出るわ。生活必需品から得体の知れないガラクタまで、とにかく明日取り壊す場所以外のところへ、すべてを移動せねばならない。
5.何でもかんでも箱に入れ、リビングから階段から、とにかく置けそうなスペースを探して右往左往する母と私。しかし、そのリビングの真ん中で、我関せずとばかりに、ひとりソファに座り込んでテレビに見入っていた父は、いったい…。
6.2時間ほどかけてほぼ完了。

いよいよ翌日から取り壊しだ!

…と、続きはまた明日。



↓最後の姿を大公開。こんなゴミ屋敷を見せられてもお困りでしょうが、40年近く慣れ親しんできたわが家の一部なわけで、それなりに愛着もあるんです。

いうまでもなくトイレ。この部分ができた当時は、和式でした。手前はダリのしり。

リビングからのドアを開けたところ。今このドアを開くと、いきなり板にぶつかります。
←左側のドアはトイレ。
→入って右は洗面所。
↓正面の白いドアの先はボイラー室。

洗面&脱衣&洗濯室。北側は全面が鏡でした。われわれ家族の成長と老化を赤裸々に見せつけられてきた鏡くん、ごくろうさま。

洗面室の先は浴室。30年以上前に亡くなった祖母も入ったホーロー製の浴槽ですが、洗っても汚れが落ちなくなってしまい、数年前から誰も使っていません。私が中校生の頃は、試験前に寝不足で入って、ブクブクと居眠りしかけたことも。

比較的最近、ウォシュレットを導入。もったいないので、2階トイレの古い便器と取り替えて、現在使用中です。

ボイラー室のドアを開けたところ。オレンジ色のボールは、ダリのために買ったんですが、全然気に入らなかったためここへ。

歯ブラシから化粧品、入れ歯洗いまでいつもゴチャゴチャ置かれていた洗面台。

追い焚きができないのも難点。右のラックは私が一人暮らし時代に使っていたコンランショップのもの。かつてはおしゃれだったのに、すっかりサビだらけに。

ボイラー室の横手には、空かずの扉となっていた元勝手口が。

ボイラー室入って右手の棚の中もまだゴチャゴチャ。右下はトイレットペーパーやペットシーツ置き場でした。

洗面室からトイレ側を見たところ。山盛りの洗濯カゴは私のものです。左の洗濯機は壊れかけて悲鳴をあげてました。

この夏、うちの庭で子育てしていた母猫が私のシャワーシーンを覗き込んだのは、この窓です。右上のボロ布はダリの足拭き用。
Sat.03.12.05 わが家の家直し

ご無沙汰でございます。
これほど長くサボッたのはいくら私でも初めてかもしれません。
確かに忙しくはあったんですが、仕事だけなら原稿書きの合間にも更新はできたんですよ。
ところが、実家、つまり私の住処にして仕事場であるこの家の改修工事が、ついに始まってしまったんです。
おかげでここに書くネタは山ほどあるんですがね。腰を落ち着けてサイトをいじくる気分になれなかったというわけでして…。

最初に話が持ち上がったのはいつだったのか、もはや思い出せないくらい前のこと。

とにかく「ネズミとゴキブリとナメクジの出ない家に住みたい」という母の悲願を、忘れた頃に突発的に発生する水及びお湯漏れが後押ししてくれたおかげで、ようやくこの夏頃から、父の師匠であった建築家の娘さん(彼女も建築家)TMさんに、水まわりと2階部分などの部分改築を相談をしていたんです。
バイタリティあふれる彼女は、この数カ月、もう図面を引くのは気力体力共にしんどいという父に替わり、テキパキと話を進めてはくれていたんですが、いかんせん忙しいらしい。我々家族のトロさは言うまでもなく、施主代表であり、この家のオリジナル設計者にして改築に関する諸々の最終決定者たる父は、昔からマジメさ余って金具一つにも悩みまくる建築家でもあった。
それでも着々と図面も出来てきて、什器も絞り込まれ、いよいよ父の昔なじみの建設会社との打ち合わせにも入っていたんですが…。
が、このO建設の担当N島さんと棟梁N山さんがまた忙しいらしく…。

とにかく、いつ着工するのか母と私にはようと知れず、それどころか父にすら読めなかったらしい。
あまりに先の見えない進行具合に、母などは、とうとう「もう、永遠にできないと思った方がラクになれる」などと言い出す始末でした。

そんな折り、N島さんが忙しい合間を縫って顔を出してくれたのが先週の金曜日、11月25日。
で、事も無げにおっしゃったわけです。

28日から始めますから」
「先にトイレ、お風呂、洗面所を壊しますので」

って、え? シアサッテっすか? 3日後?

「ムリなら12月に入ってからでもいいですが、完成も遅くなりますし」

って、いずれにしても来週から12月だし!!

「とにかく、中を空にしておいてくだされば、棚などは私たちで運びますから」

ひぃ〜!!! モノだらけだよぅ!!

いや、そもそも浴室がなくなるということはシャワーも浴びられなくなるということで、普通は銭湯に行くんだろうけど、乳ガンのサバイバーである母にはとても行く気になれず、とすれば着工日がわかったらウィークリーマンションか何かを借りなくちゃとは思っていたんだけど、まだ何の手配もしていないし…!!

「あ、それからガレージには廃材や建築材料を置きますし、作業の車も入りますから、とりあえず先生(うちの父)の車だけは移動させておいてください」

ってことは、ちゅ、ちゅ、駐車場も要るわけですね。ひぃ〜!!!!!
あ、洗濯機も使えない?

ひぃぃぃぃ!!

…このてん末は、たぶん明日に続きます。



←昨日と今日は、亡くなったKさんがディレクションしていた仕事の打ち合わせで聖路加タワー40階へ。去年の秋、この絶景を見ながら、このタワーのマンション棟で老後を楽しむ人たちのことを、Kさんはちょっぴりうらやまし気に話してたっけ。天国からの眺めが、この何百倍も絶景でありますように。
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