Fri.28.10.05 めでたいらしい

おめでとうございます♪とか。
昨日、英語教室で、いきなり受付のお姉さんに言われて面喰らった。
は? はぁぁ?
何かクジにでも当たったか?(応募した覚えはないが) それともハロウィンっておめでたい日なのか?(と、壁のカボチャ飾り見て気づいたが)
マジでわからなくて、呆然としていたら、もう一度
お誕生日おめでとうございます♪と。

ここまできれいさっぱり忘れるのには、深層心理のどこかに加齢に対する激しい抵抗があるのかとも思うけど、ほんとに忘れてるんだよね。しかも毎年。
今年は、事前に言われて思い出したから、まだしもマシな方なのだ。

もうおめでたいような歳でもないけれど、一応、数年前までは「よくもこんなに長く生き延びたもんだ!」と、それなりに感慨深かった。
でも、今年は完全に無感動だよ。
だってあれからまた忘れ果てて(ってか、仕事を進めるのに精一杯で)たった今、ここに「何を書くべぇ?」とツラツラ考えてやっと思い出す始末だし。

要するに、状況がおめでたくないんだよね。



私が心配性だと母は笑うけど、ダリはもしかしたら胃が悪いんじゃないかと思う。
ここしばらく、いつものように食事の後、速攻でデザートのキュウリをねだりに来た時、口をクチャクチャしてるのだ。
ゲップとかもするし。
なんというか、こみあげてきたゲロをもう一度反すうしてるようにも見えるわけで。胃酸過多?
しかし、検査となると胃カメラかバリウム?
いや、あの不快感だけは絶対ダリに味わわせたくないし。
(ちなみに、キュウリの食べ過ぎは尿結石の原因にもなると、先週U先生から聞いて、これまた心配になり、数日前から母に頼んでダリのおやつの3割ほどをリンゴにしてもらっている)。

ダリの生活は、胃が悪くなるほどストレスフルなんだろうか?
そういえば、数日前からピカピカを始めても、すぐに止めてしまうようになったし。

ダリに何か悩みがあるとしたら、当然家族のせいだよね。
ダリに何かしただろうか? わが家で何か起きただろうか?

………………いや、たぶん何も………………何も?

そうだよ。それだよ。
それこそがストレスなんじゃないか?

つまり、退屈すぎ?

Tue.25.10.05 形見

いやはや1週間以上も経っちまいました。
ドサクサな毎日がつくづく恨めしくなるここ数日の秋晴れですが、昼間は半袖Tシャツでも汗ばみ、夜間はウールのセーターにトレーナーを重ねてもまだ鳥肌が立つ最近の私。
変温動物になりかけているんだろうか。
あ、もしやこれが世に言う更年期?
3年前の婦人科検診では「まだまだ10年は…(生理痛から逃げられんよ)」と言われたんだけどね。
ま、いつ迎えるにしても、しんどいのだけはカンベンね。



仕事関係のうちでも、犬系の人しかここには来ないと思うから、もう書いてしまうけれど。
春から体調を崩していた仕事CのディレクターKさんが、15日に亡くなっていたらしい。

でもね、仕事Cはまだ稼働中なんですよ。
つい一昨日だったかも追加コピーを提出したばかり。
周辺スタッフは誰も何にも言わず、何事もなかったかのように、いや、まるで最初からKさんなどという人物はいなかったかのように、粛々と作業を進めている。
たぶんKさんが望んだことなんだろうけれど、自然すぎて不自然なのか、不自然すぎて自然なのか。

まぁ、詳しい事情を聞いたところで仕事に支障が出るだけで、もしかしたら、それをわかっていたのかもしれないね、Kさんは。
最期まで良心的な仕事ぶりだったよ。

私がKさんと知り合ったのは、もう20年近く前のこと。
お酒が飲めない上につきあいの悪い私は、打ち合わせ以外でKさんと会うことはほとんどなかったし、それだって仕事1件につき1回だけのものだった。

だから、書類と年賀状以外、Kさんの存在を思い出すものは何も残ってない。
飲み会でのスナップ写真のようなものすら。
唯一、彼の愛犬が病気になった時、やりとりしたメールだけ(それだって、もう新旧Mac群のどこに埋まっていることやら)。

そんなわけで、Kさんの不在がこの世から消えてしまったということは、今のところ私の日常にほとんど変化をもたらさないのだけれど、そのことこそが寂しかったりもする。

家族や友人はもちろん、仕事上だけの知人だって、昔なじみの人が亡くなるということは、私にとって、人生の証人がひとり消えること。
Kさんとの仕事は、あくまでビジネスとしてドライにこなすべき類いのものゆえ、鮮やかな思い出や忘れがたい瞬間があるわけではないけれど、それでもKさんと働いた時間は私の人生のひとときで、その時間を共有し、その時、そこに私がいたことを知っている証人を失うことは、何か、自分をこの世につなぎとめている糸が1本切れたかのように心もとなかったりもする。

別れが辛いといえるほどの関係ですらなかったからこそ、そんな自己中な寂しさばかりが残るのだ。
 

でもね。
そんなこんなで、一昨日から、3人の友人知人にこの訃報をメールしていたのだけれど…
考えてみたら、そのうちふたりはKさんの仕事で知り合った人たちなんだよね。
ひとりは、今や家族ぐるみのつきあいといえる、みどりちゃん。もうひとりのKKさんも、今では私の犬人間リストの古参だし。

何も残ってないどころか、私ってば、立派な形見をもらってたんだよね。
ありがとう、Kさん。


そろそろダリも洗わないといけないんだけど、時間なし。せめて目頭の毛ぐらいはカットしなくちゃね。ちなみに視線の先は、メダカの水層に当たって天井に反射した秋の陽射しです。いや、まだピカピカの時間じゃないから。吠えなくていいから。
Mon.17.10.05 リビングの中心で悲哀を叫ぶ

今朝は4時起き。で、19時半頃帰宅です。
6時ちょうどに私が出かけた時、どうやらダリは起きていて、しばらく鳴いていたそうです。

私が帰ってから食事を食べる間も、
「なんだよぅ、どこ行ってたんだよぅ」とばかりに、へばりついていたんです。
いつものように食後に抱っこしておやつを食べさせたら、もうすぐダリの就寝時間。
これまたいつものようにサッサと自分でハウスの扉の前に座り込んでいるから、
「ねんね?」と聞くと、どうやら寝たいわけではないらしい。
ミーアキャットのごとく立ち上がり、ハウス上のおもちゃカゴをのぞきこんで、
「遊べよぅ」と仰せである。

今日、偶然に取材先の動物病院で目撃した、胃カメラ(とその先に付いた鉗子)によって哀れな猫くんの胃袋から取り出された携帯ストラップ(ほぼ丸ごと)の残像を気にしつつ、毛皮のボンボンを投げて差し上げました(一応、オスワリなどさせてからね)。

5分もしないうちに飽きてやめそうな様子だったので、今度こそ「じゃあ、ねんねしな」とハウスへ。
扉を閉めてお約束のきゅうりを差し上げ、布を被せて数分後…
ヒィィィィ〜!キャヒィィィィィ!ギャンッ!キィィィィィィィィ〜!!!

ソフトバンクVSロッテのプレイオフ最終戦、まるまる2アウト分ほども泣き叫ぶんです。
どうやらまだお休みになるご予定ではなかったようで。

ようやく叫び声が静まってから扉を開くと、今度はリビングのどまん中に陣取って、
キャヒィィィィィ!ギャヒンッ!キヒィィィィ〜キィィィ〜!!!

私、父、母とそれぞれの前に順番にやってきては何かを激しく訴えておられました。
家族全員で「チラッと見てソッポを向く」作戦をひたすら忍の字で続けていると、
さすがに叫び疲れたのか、のどをうるおしてから再び寝所へ。

たぶん、不安だったんだよね。
いちばんの遊び相手である私が、いつになく早朝に姿を消したのが。

しかし、そんなことでどうするよ。
キミのコンパニオンは明日も取材だぞ。
明後日と明々後日は、泊まり掛けで出張だぞ。

激しい秋雨に振り込められて、ひとり(いや両親はいるんだが)無聊をかこつダリを置いて、
明日も私はよそ様のご愛犬の元へ。

ある意味、因果な仕事かもしれないね。


ミロほど散歩コースへのこだわりは強くないんだけれど、何かにつけて北方、つまり線路および駅のある方角へ行きたがるダリ。
このいつものコースより一本北の道が、仲良し犬のガク&カリンコンビの通る道だからか、
駅からトライアル大会やクリスマスパーティーなどのイベントに出かけた時のことを覚えているからか、
はたまた何度かTさんを駅まで送った時の記憶が残っているからか…。
理由はわからないけれど、ときにはこうして座り込んでしまう。
こういう時は、無理矢理ひっぱらず、ダリがあきらめるまでジッと待つべきなのだ(ですよね? M先生、Y先生、U先生)。
が、これが長い。この季節ですら蚊に刺される(私がね)くらい長い。
ジャックは飼う人の忍耐力を鍛えてくれる犬だっていうのは、真実だと思うよ。

耐えきれず、しゃがんで呼び寄せたり、軽く引っ張ったりすることもある私は、まだまだダメ飼い主です。
ザンゲ。

Sat.15.10.05 仕事ゴロゴロ

ってカンジです、来週は。満載のトラックからなだれ落ちるジャガイモみたいに。
月曜なんて、AM6時25分吉祥寺集合ですから。ひぇぇぇ〜! ハードだぁ〜!

東京地方は、3日ほど秋晴れというより残暑のぶり返しのような晴天が続いた後は、本日夕方からまた秋雨です。
あれから髪を切りました。
いや、失恋したわけじゃなくて(古!)。
ほぼ半年ぶりの美容院行きです。それまでの毛量の半分以上を切ってもらってサッパリですわ!
私の髪は、毎回美容師さんが驚愕するほど伸びるのが早いんです。
ピーク時男子(25才)をさえしのぐ、自慢の骨量と何か関係があるのかも。


昨日は、ひさびさにデジカメを取り出して、ダリと鏡の2ショットなんぞ撮ってみました。
もちろんそこに写っているのが自分の姿だと認識しているわけではないんでしょうが、「これがピカピカの道具だ」ということは、よ〜くご存じなようで。
いつにも増してゴキゲンうるわしいダリクソ坊っちゃまです。

ただ、残念ながらピカピカ実演中の写真は撮れません。
しかるべき場所(壁とかドアとか)に反射光をスムーズかつスリリングに移動させるべく鏡をコントロールするには、なかなかの熟練を要するんですよ。
両親の技術ではダリ様もイマイチご不満なようで、かといって二人にはデジカメも扱えませんから。

そのうち撮影、お願いしますね、Tさん。

Thu.13.10.05 今欲しいもの

適当に長い…そうさな、1カ月くらいの休み。いや、1週間でも、3日でも良いのじゃが。

〆切りの影に脅かされることも、一切の棚上げ事項を思い出すこともない、
かといって金欠にあえぐこともなく、電話代未払いによる回線停止予告に冷や汗をかくこともない、堂々たるホリディ。

何をしたいかというと、別に何も。
強いていえば、やっぱりおもしろい本を読んで過ごしたい。
もしくは旅に出たい。ひとりで、またはダリと。

しかし、ダリとの場合、現実的には国内旅行になるわけで、となると、
みすぼらしい中年女がひとり、ボサボサの陽気すぎるテリアを連れてホテルなりペンションなりに泊まることになるわけで、こりゃ、我ながら怪しすぎ。
お上品なマダムが、ブランドもののお洋服なぞお召しになったトイプードルなんか連れていれば、イヤミかもしれないがそれはそれで説得力があるとも思う。

でね、そんな時ばかりは、夫というものがいたりすると便利かもしれないとも思うんですよ。
思うんですが、しかし、それ以外の場合を考えると、ものすごく不便だと…いや、おもに相手にとってね。

だって、日々、なんとかかんとか仕事をクリアするだけで気持ち的にいっぱいいっぱいですから、わたくし。
仕事して、合間に電話でおしゃべりなんかして、また仕事しようとして行き詰まってフテ寝して、ダリの散歩して、ゴハン食べて片付けて、仕事してちょっとネットかなんかして、また仮眠のつもりがもう次の日だし。

世の中の人…とりわけ外で働く女性はどうやって他人の世話なんかできるんだろうかと思う。
専業主婦だってすごいよね。朝昼晩ごはん作って片付けて、洗濯して掃除して、
その上でケーキ焼いたり、ハーブティー飲んだり、ショッピングに出かけたり、はたまたパッチワークとかお茶のお稽古なんかしてるわけさ。
私なんか、会社勤めに比べたら多少は時間が自由になるはずなのに、ひとつでも仕事を抱えていると他に何もできない。つか、する気になれない。
それが最近じゃ、普通に3コくらい、常時かかわっているわけで。

で、結論として言えることは…
ま、いっか♪ こういう性分なんだから、しょうがないよね。

しかし、さすがの私めもそろそろ髪を切らないとマズいかもしれません。
この間、吉祥寺駅で見た同世代と思しきバッグレディが、妙に身近に感じられたし。

Sun.09.10.05 ブラシ

1週間以上のご無沙汰です。
確かにプチ忙しかったんですが、いい加減忙しさにも慣れないといけませんね。
でないと何にもできないし。


今日はダリにブラシをかけました。
いや、本来、ブラッシングは毎日すべきものだということは、人並み以上に知っている…というか、自分でもあちこちに書いているんですが。
すみません。サボッてました。
そもそも、ダリはブラシが嫌いなんです。
ま、抱っこすら激怒していたくらいですから、当然と言えば当然です。
でも、しつけの先生にアドバイスをいただいて、「ダリちゃんには、あきらめてブラシを受け入れていただきましょう」という方向で努力することになっていた。
(もちろん、先生の前ではおりこうにブラシをかけさせるんですがね、ヤツは)。

このところ忙しくてサボッていたので、今日は心を入れかえて実行しました。
とにかくホメごろし作戦です。
ダリにわかってもらわなくちゃいけないんですよね。
うなろうがわめこうが、暴れようが咬もうが、すべてはムダだと。ブラシをかけられることに変わりはないんだよ、と。

今日は、途中まではよかったんです。たぶん私が調子にのってしつこくやりすぎたんでしょう。
ある時点で、ブチッときた。
ギャギャギャギャ〜!!! ウギャー!! キーッッッ!!…と。
人間語に訳せば、
ヤダヤダヤダ〜ッ!!! 止めろっつてんだろうがゴルァッッ!! 殺すぞゴルァ!!
くらいの勢いでしょうか。
すかさず私が首輪に指を通して頭部をコントロールしなかったら、確実に流血でしたね。
渾身の力で身をよじって、ウザいブラシを持つ手、自由を奪う手を咬みにくるんですよ。

しかし、それでビビッてはいけないんです。
どんなにわめこうが、「結局ブラシをかけられている」という事実をほめることが大切なんですね。

そこで、舌が紫色になるほど激怒して暴れているダリをむんずとつかまえながら、
口では「いいコだね〜、エライねぇ〜、もう少しがんばろうねぇ〜」などと声をかける私。

ダリの剣幕と私のおためごかし、そのコントラストに母は笑いをかみ殺していたそうです。
(笑うとダリはいっそう激怒するため)。

殺すぞゴルァ!!とかわめいていたくせに、ブラシが終わるとニコニコとシッポを振ってるダリもよくわかりませんが、つくづくミロは我慢強い立派な犬だったのだと、あらためて感心します。
ってか、ダリがひどすぎるんでしょうかね。

暖房をつけようかと思うほど肌寒い今日でしたが、ブラシをかけ終わった時は、汗ばんでいました。

Sat.01.10.05 ミラー解禁!

昨日はまだ9月だったんですね。ま、アップしたのは今朝方なんで、10月1日分の追加ってことで。


ここ数日、家族の昼ごはんが終わる頃になると、ダリがソワソワするようになってきた。
どうやら、「ピカピカ」をしたいらしいんですよ。
ピカピカとは、一種のゲームです。冬期限定の。
陽射しが傾くこの季節には、日当たりの悪いわが家のリビングダイニングにもいく筋か日光が差し込むわけで、
これを大きめの手鏡で部屋のあちこちに反射させて、ダリがその光のかけらを、盛大に吠えながら追いかけるという遊び。
そういえば昨シーズンも、この春頃まで毎日、昼ごはんの後にやっていたんです。
ちなみにミロもこれがお気に入りだったんで、いわばわが家の愛犬に伝わる、伝統といっていいかもしれません。

で、じつは私、まるっきり忘れていたんですよ。「ピカピカ」の存在自体を。
なのにダリはちゃんと覚えていた。
というか、少しずつ傾いてきた陽射しが、天井に反射するようになったのを見て、思い出したんですね。
最後にやってからもう半年くらい経ってるはずなんですが。
私はといえば、さんざんダリにほのめかされてようやく思い出す体たらく。
で、本日、「そろそろやろうか」と、鏡が入っている引き出しに手をのばしただけで、
ダリは「イヤッホー!!待ってたぜぃ!」と、スッ飛んできた。

いや、すごいと思いませんか? 犬ってヤツらは。

夏服を引っ張り出すほど暑くても、ちゃんと秋は来ているわけで。
それを誰あろう、ダリに教わったわけです。

というわけで、今年のピカピカシーズンは、奇しくも本日、10月1日解禁。
これから春まで、ほぼ毎日、にぎやかなお楽しみが続きます。

Sat.01.10.05 タイムトラベル

今朝方、連休に進めるつもりだった仕事Aをようやく送信して爆睡。
昼過ぎにメールチェックしたら、「コピーアップ予定日は本日ですが、いかがなもんでしょう?」と仕事Cの催促メール。
はぁ? はあぁ?
げ、げ、月曜日が〆切りのはずでは…?
連絡メールを確認したら、やっぱり月曜日じゃん。
で、その旨メールしたら、「スケジュール等の変更がありましたのでアップ日を繰り上げさせていた
だいたんです。連絡不足でしたね」ですと。

それ、はなから無理だから。
私の知らないところで〆切り前倒しされても無理ですから。
いや、知ってても無理、ムリ、MURI!!
ってか、結果は同じだし。

あ、ところでもう十月なんですね。


このところ、ちょこっとアイヌ関係の本をのぞく機会がありまして。
北海道では資料館に立ち寄ったりもしました。

で、思い出したのがアボリジニ。

『DOG TALES2』で訪ねた人たちは、居留地に定住して(させられて)いたり、民族博物館のスタッフだったり、
多かれ少なかれ近代社会に取り込まれた人たちではあるけれど、それでも、後から思い返すたびに感激してしまう。
なぜなら、彼らはつい80年前(同化政策は1930年代〜)まで、
石器時代のライフスタイルを生きてきた人たちなのだから!
今や、近代文明の侵食を全く受けず、100%トラディショナルな生活をするアボリジニは皆無だろうけれど、
それでも、近年ようやく返還されたアボリジニランドでは、伝統的な狩猟や儀式を嗜む人たちがいるらしい。

ある居留地で、インタビューを受けてくれたアボリジニのおじさんと、別れ際に交わした握手。
あれは、ある意味、タイムトラベルだったんじゃないかと思うのだ。
私が握ったあの大きな手の先は、産業革命はおろか、青銅器文明も農耕文化も飛び越えた、石器時代だったんじゃないかと…!!

もちろん、倭人や北方と交易をしてきたアイヌは、その文化も歴史も現状も、
1770年にクックが来るまで、何千年も新来者の侵入を受けなかったアボリジニとは、まったく違う。
狩猟採集生活といっても、縄文人の末裔といっても、交易を通して外界の事物を取り入れながら、アイヌ文化は独自に変化してきたのだろうし。
ただ、もうどこにもコタンはないということだ。
赤い砂漠の生活が失われたように。いや、もしかしたらそれ以上に。

先住民文化という財産を、よくもまぁ、ここまで無駄に壊してきたもんだ。近代物質文明ってやつは。
もしかしたら、20世紀は、人類が文化的に貧乏になっていった世紀なんじゃないか…

と、Mac4台(いや、現時点で5台か)に囲まれて、思う私ではあるんだが。

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